14th
別冊宝島117 『変なニッポン』(1990年6月刊)掲載原稿より、一部を抜粋
(前略)
●外人おたく誕生
トーレン・スミス、三〇歳。一九六〇年四月二〇日、カナダのアルバータ州ウェタスキウィン生まれ。バイクのサーキット・レーサー、コンピュータ・プログラマ、アメコミ原作者などさまざまな職業を転々としたのち、日本アニメ、日本マンガの魅力にとりつかれ、ついには日本マンガ英訳のビジネスをスタートさせる。身長一八八センチを越える長身、頭髪はやや薄め。もっともこれは、日本の出版社相手に苦労したせいではないらしい。話し方はソフトだが、議論になると一歩も引かない。サンフランシスコに住み、スタジオ・プロテウス代表兼翻訳者兼ライターとして、年に三、四度日米を往復する。
スタジオ・プロテウスは、レタラー、アーティスト、イラストレーター、翻訳者などを含む五人の社員で、現在、月刊五タイトルを刊行、アメリカのコミック業界・Mangaファンのあいだでは、ブランド・ネームとして浸透している。この会社の創立者であるトーレン・スミスがなんらかのかたちで英訳出版に関わった日本マンガは十数タイトル、アメリカで出版された全Mangaの過半数を占める。文字どおり、アメリカにおける日本マンガ英訳出版のパイオニアだといっていい。しかし、その彼も、まったくの徒手空拳で日本を訪れ、なにもない土壌にManga出版のビジネスを築くまでの苦労はなみたいていのものではなかった。
トーレン・スミスが日本に興味を持ったのは一九八三年のこと。子どものころからSFやマンガが好きだった彼は、八一年、カナダに住んでいたころからアメコミの原作を書きはじめ、八二年に渡米、サンフランシスコで新生活をはじめる。当時は、コンピュータ・プログラマで生活費を稼ぎながら、短編のSFコミックの原作を書いていた。
そして一九八三年、友人から借りたビデオで、宮崎駿の劇場用アニメ「ルパン3世/カリオストロの城」を見た彼は、ジャパニメーションを″発見〓する。大人にも見応えのある完成されたプロット、生き生きとした動き、実写の映画とくらべてもまったく遜色のない映像。日本にこれほどすごいアニメがあったのか! たちまちジャパニメーションのとりこになり、手にはいる日本製アニメのビデオをかたっぱしから集め、日本語が読めないのにもめげず、日本のアニメ雑誌数誌を定期購読しはじめる。
余談になるが、こういうルートでジャパニメーションおたくになるアメリカ人の数はけっこう多い。アメリカのSF大会では、参加している日本人の姿を見つけるとすぐに近寄ってくるアメリカ人ファンがいるが、彼らはほとんど例外なく熱烈なジャパニメーション・マニアで、新作情報にもおそろしくくわしい。「ミスター・オシイのつぎのプロジェクトはなんだ」とか、「ミスター・カワモリ(アメリカでカルト的人気のあるTVアニメ「超時空要塞マクロス」などの監督)が去年からつくっている劇場用アニメはまだ完成しないのか?」などと矢継ぎ早にきかれて目を白黒させることもしばしば。日本のSF大会に退去して押し寄せて、コスチューム・ショウ(アニメのキャラクターなどの扮装でステージに立つ仮装コンテスト)に参加した西海岸のアニメ・ファンたちもいる。だから、この段階ではまだ、トーレン・スミスも、ベイエリアではさほどめずらしくない日本アニメおたくの一員でしかなかったわけだ。
しかし、トーレン・スミスは、部屋の中でビデオ・ウォッチングに浸るだけのジャパニメーションおたくではなかった。自分が好きになったものをもっとたくさんの人に見てもらいたい。ジャパニメーションの魅力をひとりでも多くのアメリカ人に伝えたい。当時ベイ・エリアには、CFOというジャパニメーションのファン・グループが存在していたが、もっぱらビデオの貸し借りが主な活動で、大きな上映会など開かれていなかった。そこでトーレン・スミスは、サンフランシスコで開かれるSF大会ベイコンに向けて、ジャパニメーションの上映会を企画する。ほとんどひとりですべての段取りをつけ、一九八四年、コンベンションの会議室を借りて開かれたこの上映会は、超満員の観客を集めて大成功。以後、恒例化して、八六年には劇場ひとつをまるまる借り切るまでになる。
さらに、一九八六年の上映会のプログラム・ブックとして、日本アニメの解説書A Viewer’s Guide to Japanese Animationを執筆する。当時ビデオで流通していた日本アニメ約四〇タイトルの基本設定とストーリーを記した本格的なもので、編集から原稿執筆まで、はすべて独力でおこなった。それまでアメリカには、ジャパニメーションに関するまとまった情報はまったく存在しなかったから、これはファンにとってバイブル的なガイドブックとなり、のちにブックス・ニッパンから商業出版物として再刊され、一万部以上を売っている。
この本の出版を契機ととして、彼は西海岸の一ファンから、ジャパニメーションの権威として一目置かれる存在にまでなったわけだが、ほかにもちょっとしたエピソードがある。上映会のロビーにいたとき、ひとりのフランス人ファンが興奮した顔でトーレンのところにやってきて、「これはあなたが書いたのか。ぜひサインしてくれ」とせがんだ。相手の胸の名札を見たトーレンは一瞬、絶句する。「もしやあなたは……」このフランス人こそ、本名で参加していた前述の世界的アーティスト、メビウスだったのである。この出会いが縁となって、のちにトーレンが「風の谷のナウシカ」のアメリカ版翻訳を手がけたおり、メビウスはオリジナルのナウシカ・カラー・イラストを付録ポスターとして描き下ろしている。
一九八六年、小学館は、自社マンガのアメリカ進出を目的として、子会社のVizコミュニケーションを設立する。日本マンガの研究書「マンガ、マンガ」の著者で、アメリカにおける日本マンガ研究の草分けフレッド・ショットの紹介で、ヴィズ代表の日本人と知り合ったトーレン・スミスは、アメリカのコミック市場についてレクチャーする一方、当時、日本マンガに関心を示していたエクリプス・コミック社とヴィズの提携を仲介する。彼の関心は、すでにジャパニメーションから日本マンガへと向かいはじめていた。
そしてこの年の夏、ひとつの転機が訪れる。日本マンガ、アニメーションをアメリカに紹介する仕事をしたい。そのためには、一度日本の土を踏まなければ。そう考えはじめていたとき、旧知の仲だったイギリス人SF作家ジェイムズ・ホーガンが、特別ゲストとして大阪で開かれる日本SF大会(通称DAICON5)に招かれることになったのだ。
これこそ願ってもないチャンス。即座に心を決めたトーレンは、借りていたアパートメントを引き払い、車や家財道具を売り払って、旅費と当座の生活費をつくり、日本行きの準備を整える。もちろん、ヴィズのために、アメリカで出版可能な日本マンガをさがすのが最大の目的だった。
●Manga、アメリカ上陸
一九八六年八月、トーレン・スミスはついに日本に降り立つ。年内にもスタートするヴィズとエクリプスの日本マンガ出版で、翻訳リライトの仕事がまかされる約束になっている。これが軌道に乗れば、どうにか日本で暮らしていける程度の収入にはなるはずだ。正式に日本語を勉強したことのない彼にとって、日本語の知識はアニメやマンガから得たものだけ。ヒラガナとカタカナは読めるが漢字はダメ、日常会話も話すほうはまったくダメ。しかし、言葉の問題は、日本で暮らしているうちになんとかなるだろう。「見る前に跳べ」を地で行く向こう見ずな行動ではあるけれど、先のことはそれほど心配していない。なによりも、もっとたくさんの日本マンガをこの目で見たいという情熱が彼を支配していた。
日本語もできないのにどうして翻訳のリライトができるのかと不思議に思われるかたもいるだろうが、マンガの英訳は日本における映画の字幕翻訳などと同様、きわめて特殊な技術が要求されるため、日本語からいきなり、そのまま使える英文が起こせる人間はほとんどいない。ただ英訳しただけでは、アメリカのコミックに慣れた読者には受け入れられないのだ。そこで、トーレン・スミスのように、アメコミの原作を書いた経験のあるライターが起用され、日本語のできる人間がつくったラフの翻訳を、マンガにふさわしい文体にリライトすることになる。この点だけとりだしても、マンガの翻訳は困難な作業なのである。
大阪のSF大会で、日本人のマンガ・アニメ業界関係者多数と知り合い、今後の活動の足場を築いた彼は、東京にもどってくると、駒沢大学前の外人専用アパート「レッツゴー・ワールド・ハウス」の六畳一間に居をさだめる。部屋の中にはマンガ雑誌や単行本がうずたかく積み上げられ、押し入れがデスク代わり。わずかな貯金と家財道具を売り払った金の残りがあるとはいってもぜいたくはできない。知り合いもほとんどいない、言葉も通じない異境の地で、こうして手探りの「外人の東京暮らし」がはじまった。
SF関係の集まりに顔を出したり、マンガ出版社の編集部をたずねたりして人脈づくりに精を出すかたわら、ヴィズの親会社である小学館の資料室やマンガ図書館、マンガ専門店に出かけていき、アメリカで売れそうなマンガを物色する毎日。
こうして彼が、アメリカ向きに選びだしたのが、白土三平の忍者マンガ『カムイ外伝』、超能力少女の活躍を描く、工藤かずや原作・池上遼一絵のSFマンガ『舞』、そして新谷かおるのミリタリーコミック『エリア88』の三本。日本独特のマンガとしてアメリカ人ウケの期待できるもの(『カムイ』)、アメリカ人になじみやすいタッチのもの(『舞』)、これまでアメリカに存在しなかったジャンルで新しい読者の獲得を期待できるもの(『エリア88』)と、バラエティにも気を配った結果の選択だった。版元はいずれも小学館で、権利の獲得は問題ない。
(小池一夫・小島剛夕の『子連れ狼』と大友克洋の『AKIRA』についても翻訳権を交渉したが、前者はすでに日本のエージェント、グローバル・コミュニケーションが海外交渉権を取得しており、後者は講談社側が態度を保留しているうちに、あとからオファーしてきたマーベルにさらわれてしまうことになる)。
そして、翌一九八七年の四月、ファースト・コミック社の『子連れ狼』と、エクリプス/ヴィズの『カムイ外伝』とがほとんど同時期に(一週間以内の差で)コミック専門店の店頭に並ぶ。日本マンガの、事実上初のアメリカ上陸である。
八〇年代のアメコミ市場では、さまざまな新しい試みがなされてきてはいたものの、ほとんどが失敗におわっていた中にあって、日本マンガはきわめて好運なスタートを切ることができた。十年一日のアメコミを読みつづけてきた読者のあいだに、なにか新しいものを求める下地ができていたというのも大きな要因だが、もうひとつは、フランク・ミラーによる強力なプッシュに負うところが大きい。フランク・ミラーは現在のアメコミ界における最大のスター。「ローニン」「デアデヴィル」、そして、全米バットマンブームの火付け役となった『バットマン:ダークナイト・リターンズ』など、彼のコミックは八〇年代アメリカにおいてつねに話題の的でありつづけ、その一挙手一投足が注目を集めている。その彼が、『子連れ狼』の熱烈なファンであること公言してくれたことで、出版社は彼のネーム・ヴァリューを最大限に宣伝に利用することができた(フランク・ミラーはアメリカ版『子連れ狼』のカバー・イラストまで描いている)。このため、『子連れ狼』は、モノクロ・コミックとしては異例の十万部を売り、大ヒットとなった。それに引っぱられる形で『カムイ外伝』も好スタートを切ることができた。日本マンガにとっては、これ以上ないほどの幸運な幕開けだった。
●スタジオ・プロテウス発足
こう書くと順風満帆のようだが、知り合いもいない日本にたったひとりで暮らす、日本語のできないガイジンの生活は、けっして楽ではなかった。実際に翻訳リライト作業がはじまるまではヴィズからの収入はなく、貯えはすぐに底をついた。銀行の外国人向け宣伝プランに協力するアルバイトをしたり、SF大会で知り合った友人に食事をおごってもらったり、マクドナルドのタダ券をもらったりしてなんとか食いつないでいたものの、『カムイ外伝』のスタートが予定より遅れたこともあって、八三年の年末から八四年の一月にかけては、経済的にはどん底になってしまう。一週間の食費が千円以下、毎食インスタント・ラーメンで飢えをしのぐ毎日。家賃を滞納して、とりたてにやってきた管理人がドンドンとドアをノックするのを、電気を消した暗闇の中で息をひそめてやりすごしたり、窓から飛び下りて逃げだしたり、いまでこそ笑える貧乏エピソードにはことかかない。とうとう一銭もなくなり、飢えに耐えかねて、近くのコンビニエンス・ストアからカップ・ヌードルを一個くすねたことさえある。一年後、ようやくビジネスが軌道に乗ってから、トーレンはそのコンビニエンス・ストアをたずねて事情を話し、お金を返してきた。「一杯のかけそば」もかくやの話だが、いきなりガイジンからカップヌードル代をつきつけられたアルバイトの店員は、目を白黒させていたとか。
そんな窮乏生活の中、Vizの代表が来日した。先の三冊につづく作品を選びだしていたトーレンは、『風の谷のナウシカ』『アップルシード』『パイナップル・アーミー』などを見せるが、まず小学館の出版物からでないと出せないと一蹴されてしまう。また、当初は、『舞』『エリア88』を含め、月に三タイトルの英訳リライトを担当するという約束だったのに、やりとりに金と時間がかかるなどの理由で、結局『カムイ』のリライトのみしか任せてもらえないことになる。
しかし、『カムイ』一本の収入では、物価の高い東京ではとても生活していけない。ヴィズが出さなくても、自分が選んだマンガは、いずれは必ず他社が英訳権獲得に動くはずだ。自分でその英訳を手がけるためには、出版を望むアメリカの会社をさがしだし、日本の出版社と交渉するしかない。アメリカのコミック出版社とのあいだにはじゅうぶんなコネクションがあるし、自分はいま日本にいる。やってやれないことはないはずだ。
トーレン・スミスはこのときはじめて、版権交渉の代理人兼リライターとして、日本マンガ英訳出版の前段階をコントロールするビジネスをはじめようと決意する。
しかし、日本語ができず、うしろだてもない彼ひとりでは、「タフ・ネゴシエーター」である日本の出版社との交渉はむずかしい。たったひとりでがんばっても、ほんとうにやれるのか。が、Vizとの関係が行き詰まりかけていた八七年三月、絶好のパートナーが見つかった。(後略)
早川書房facebookページ(https://www.facebook.com/hayakawashobo)より転載。
Ⅰ 1963-1972(2013年2月刊行)
1963 墓碑銘二〇〇七年 光瀬龍
1964 退魔戦記 豊田有恒
1965 ハイウェイ惑星 石原藤夫
1966 魔法つかいの夏 石川喬司
1967 鍵 星新一
1968 過去への電話 福島正実
1969 OH! WHEN THE MARTIANS GO MARCHIN’IN 野田昌宏
1970 大いなる正午 荒巻義雄
1971 およね平吉時穴道行 半村良
1972 おれに関する噂 筒井康隆
Ⅱ 1973-1982(2013年4月刊行)
1973 メシメリ街道 山野浩一
1974 名残の雪 眉村卓
1975 折紙宇宙船の伝説 矢野徹
1976 ゴルディアスの結び目 小松左京
1977 大正三年十一月十六日 横田順彌
1978 猫ひきのオルオラネ 夢枕獏
1979 妖精が舞う 神林長平
1980 百光年ハネムーン 梶尾真治
1981 ネプチューン 新井素子
1982 アルザスの天使猫 大原まり子
Ⅲ 1983-1992(2013年6月刊行)
1983 交差点の恋人 山田正紀
1984 戦場の夜想曲(ノクターン) 田中芳樹
1985 滅びの風 栗本薫
1986 火星甲殻団 川又千秋
1987 見果てぬ風 中井紀夫
1988 黄昏郷 野阿梓
1989 引綱軽便鉄道 椎名誠
1990 ゆっくりと南へ 草上仁
1991 星殺し 谷甲州
1992 夢の樹が接げたなら 森岡浩之
Ⅳ 1993-2002(2013年8月刊行)
1993 くるぐる使い 大槻ケンヂ
1994 朽ちてゆくまで 宮部みゆき
1995 操作手(マニピュレーター) 篠田節子
1996 計算の季節 藤田雅矢
1997 永遠の森 菅浩江
1998 海を見る人 小林泰三
1999 螺旋文書 牧野修
2000 嘔吐した宇宙飛行士 田中啓文
2001 星に願いを 藤崎慎吾
2002 かめさん 北野勇作
Ⅴ 2003-2012(2013年10月刊行)
2003 重力の使命 林譲治
2004 日本改暦事情 冲方丁
2005 ヴェネツィアの恋人 高野史緒
2006 魚舟(うおぶね)・獣舟(けものぶね) 上田早夕里
2007 The Indifference Engine 伊藤計劃
2008 白鳥熱の朝(あした)に 小川一水
2009 自生の夢 飛浩隆
2010 オルダーセンの世界 山本弘
2011 人間の王 宮内悠介
2012 きみに読む物語 瀬名秀明
■国内SF
秋山瑞人『猫の地球儀』電撃文庫
東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』新潮社
伊藤計劃『虐殺器官』ハヤカワ文庫JA
伊藤計劃『ハーモニー』ハヤカワ文庫JA
伊藤計劃『The Indifference Engine』ハヤカワ文庫JA
上田早夕里『華竜の宮』ハヤカワSFシリーズJコレクション
冲方丁『マルドゥック・スクランブル』全3巻 ハヤカワ文庫JA
円城塔『Self-Reference ENGINE』ハヤカワ文庫JA
円城塔『Boy’s Surface』ハヤカワ文庫JA
円城塔『これはペンです』新潮社
小川一水『老ヴォールの惑星』ハヤカワ文庫JA
小川一水『天冥の標』IーVI ハヤカワ文庫JA
奥泉光『鳥類学者のファンタジア』集英社文庫
恩田陸『ねじの回転』集英社文庫
小林泰三『海を見る人』ハヤカワ文庫JA
神林長平『今、集合的無意識を…』ハヤカワ文庫JA
貴志祐介『新世界より』上中下 講談社
北野勇作『どろんころんど』福音館書店
瀬名秀明『ハル』文春文庫
田中哲弥『猿駅・初恋』早川書房
津原泰水『バレエ・メカニック』ハヤカワ文庫JA
津原泰水『11 eleven』
飛浩隆『グラン・ヴァカンス 廃園の天使1』ハヤカワ文庫JA
飛浩隆『ラギッド・ガール 廃園の天使2』ハヤカワ文庫JA
野尻抱介『沈黙のフライバイ』ハヤカワ文庫JA
野尻抱介『南極点のピアピア動画』ハヤカワ文庫JA
長谷敏司『あなたのための物語』ハヤカワ文庫JA
平山夢明『独白するユニバーサル横メルカトル』光文社文庫
古川日出男『アラビアの夜の種族』角川文庫
古川日出男『サウンドトラック』集英社文庫
古橋秀之『ある日、爆弾がおちてきて』電撃文庫
牧野修『楽園の知恵 あるいはヒステリーの歴史』ハヤカワ文庫JA
森見登美彦『四畳半神話大系』角川文庫
山尾悠子『ラピスラズリ』国書刊行会
山田正紀『神獣聖戦 Perfect Edition』徳間文庫
山本弘『アイの物語』角川文庫
山本弘『神は沈黙せず』角川文庫
早川書房編集部編『ゼロ年代SF傑作選』ハヤカワ文庫JA
大森望編『ゼロ年代日本SFベスト集成〈S〉ぼくの、マシン』『〈F〉逃げゆく物語の話』創元SF文庫
■翻訳SF
グレッグ・イーガン『万物理論』創元SF文庫
グレッグ・イーガン『プランク・ダイヴ』ハヤカワ文庫SF
コニー・ウィリス『犬は勘定に入れません あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』ハヤカワ文庫SF
ロバート・チャールズ・ウィルスン『時間封鎖』創元SF文庫
ジョー・ウォルトン〈ファージング〉三部作(『英雄たちの朝』『暗殺のハムレット 』『バッキンガムの光芒』)創元推理文庫
ウィリアム・ギブスン『スプーク・カントリー』早川書房
マイケル・シェイボン『ユダヤ警官同盟』新潮文庫
フワンソワ・スクイテン+ブノワ・ペータース『闇の国々』小学館集英社プロダクション
チャールズ・ストロス『アッチェレランド』早川書房
テッド・チャン『あなたの人生の物語』ハヤカワ文庫SF
パオロ・バチガルピ『ねじまき少女』ハヤカワ文庫SF
パオロ・バチガルピ『第六ポンプ』新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
フェリクス・J・パルマ『時の地図』ハヤカワ文庫NV
トマス・ピンチョン『逆光』新潮社
マイクル・フリン『異星人の郷』創元SF文庫
コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』ハヤカワepi文庫
チャイナ・ミエヴィル『ペルディード・ストリート・ステーション』早川書房
チャイナ・ミエヴィル『都市と都市』ハヤカワ文庫SF
ケリー・リンク『スペシャリストの帽子』ハヤカワ文庫FT
アレステア・レナルズ〈レヴェレーション・スペース〉(『火星の長城』『銀河北極』)ハヤカワ文庫SF
《SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー》全3巻(中村融編『ワイオミング生まれの宇宙飛行士 宇宙開発SF傑作選』大森望編『ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選』山岸真編『スティーヴ・フィーヴァー ポストヒューマンSF傑作選』)ハヤカワ文庫SF
21世紀SF推薦作100(2001~2010)
本書(大森望『21世紀SF1000』ハヤカワ文庫JA)で紹介した約1000タイトルのSF作品から、★印評価の上位100作品を抜き出し、★★★★★(32作)と★★★★☆(68作)とに分け、それぞれ時評掲載順に並べた。データは順に、書名・著者名/編訳者名/刊行年月/版元[叢書]名・巻数(掲載ページ数)。
★★★★★
●祈りの海 グレッグ・イーガン/山岸真編・訳/2000・12/ハヤカワ文庫SF(17)
●ダイヤモンド・エイジ ニール・スティーヴンスン/日暮雅通訳/2001・12/ハヤカワ文庫SF・上下巻(76)
●アラビアの夜の種族 古川日出男/2001・12/角川文庫・全3巻(78)
●ハルビン・カフェ 打海文三/2002・4/角川文庫(100)
●クリプトノミコン ニール・スティーヴンスン/中原尚哉訳/2002・4~2002・7/ハヤカワ文庫SF・全4巻(106)
●陋巷に在り 酒見賢一/1992・11~2002・9/新潮文庫・全13巻(114)
●航路 コニー・ウィリス/大森望訳/2002・10/ヴィレッジブックス・上下巻(123)
●海を失った男 シオドア・スタージョン/若島正編/2003・7/河出文庫(153)
●しあわせの理由 グレッグ・イーガン/山岸真編・訳/2003・7/ハヤカワ文庫SF(161)
●マルドゥック・スクランブル 冲方丁/2003・5~2003・7/ハヤカワ文庫JA・全3巻(163)
●イリヤの空、UFOの夏 秋山瑞人/2001・10~2003・8/電撃文庫・全4巻(164)
●サウンドトラック 古川日出男/2003・9/集英社文庫・上下巻(168)
●あなたの人生の物語 テッド・チャン/浅倉久志,他訳/2003・9/ハヤカワ文庫SF(172)
●ラピスラズリ 山尾悠子/2003・9/国書刊行会(175)
●ヨットクラブ デイヴィッド・イーリイ/白須清美訳/2003・10/河出文庫『タイムアウト』に改題(177)
●万物理論 グレッグ・イーガン/山岸真訳/2004・10/創元SF文庫(229)
●ソラリス スタニスワフ・レム/沼野充義訳/2004・9/国書刊行会 スタニスワフ・レム コレクション(231)
●ディアスポラ グレッグ・イーガン/山岸真訳/2005・9/ハヤカワ文庫SF(282)
●銀河ヒッチハイク・ガイド,宇宙の果てのレストラン ダグラス・アダムス/安原和見訳/2005・9/河出文庫(285)
●どんがらがん アヴラム・デイヴィッドスン/殊能将之編/2005・10/河出書房新社・奇想コレクション(286)
●シャングリ・ラ 池上永一/2005・9/角川文庫・上下巻(290)
●デス博士の島その他の物語 ジーン・ウルフ/浅倉久志,伊藤典夫,柳下毅一郎訳/2006・2/国書刊行会・未来の文学(311)
●イリアム ダン・シモンズ/酒井昭伸訳/2006・7/ハヤカワ文庫SF・上下巻(334)
●ラギッド・ガール 廃園の天使Ⅱ 飛浩隆/2006・10/ハヤカワ文庫JA(342)
●夜は短し歩けよ乙女 森見登美彦/2006・11/角川文庫(348)
●テンペスト 池上永一/2008・8/角川文庫・全4巻(442)
●時間封鎖 ロバート・チャールズ・ウィルスン/茂木健訳/2008・10/創元SF文庫・上下巻(453)
●ユダヤ警官同盟 マイケル・シェイボン/黒原敏行訳/2009・5/新潮文庫・上下巻(480)
●完全版 最後のユニコーン ピーター・S・ビーグル/金原瑞人訳/2009・7/学習研究社(493)
●バレエ・メカニック 津原泰水/2009・9/早川書房・想像力の文学(504)
●15×24 新城カズマ/2009・9/集英社スーパーダッシュ文庫・全6巻(507)
●異星人の郷 マイクル・フリン/嶋田洋一訳/2010・10/創元SF文庫・上下巻(564)
★★★★☆
●the TWELVE FORCES 戸梶圭太/2000・12/角川書店(20)
●タクラマカン ブルース・スターリング/小川隆,大森望訳/2001・1/ハヤカワ文庫SF(22)
●ペニス 津原泰水/2001・4/双葉文庫(30)
●鳥類学者のファンタジア 奥泉光/2001・4/集英社文庫(36)
●ネバーウェア ニール・ゲイマン/柳下毅一郎訳/2001・7/インターブックス(43)
●グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ 飛浩隆/2002・9/ハヤカワ文庫JA(111)
●地球礁 R・A・ラファティ/柳下毅一郎訳/2002・10/河出書房新社(110)
●あしたのロボット 瀬名秀明/2002・10/文春文庫『ハル』に改題(120)
●終戦のローレライ 福井晴敏/2002・12/講談社文庫・全4巻(132)
●カルカッタ染色体 アミタヴ・ゴーシュ/伊藤真訳/2003・6/DHC(157)
●《暁の天使たち》 茅田砂胡/2002・3~2003・11/中央公論新社C☆NOVELSファンタジア・全6巻(165)
●夜更けのエントロピー ダン・シモンズ/嶋田洋一訳/2003・11/河出書房新社・奇想コレクション(188)
●スペシャリストの帽子 ケリー・リンク/金子ゆき子,佐田千織訳/2004・2/ハヤカワ文庫FT(202)
●膚の下 神林長平/2004・4/ハヤカワ文庫JA・上下巻(209)
●ケルベロス第五の首 ジーン・ウルフ/柳下毅一郎訳/2004・7/国書刊行会・未来の文学(218)
●綺譚集 津原泰水/2004・8/創元推理文庫(224)
●空の中 有川浩/2004・11/角川文庫(233)
●犬は勘定に入れません あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎 コニー・ウィリス/大森望訳/2004・4/ハヤカワ文庫SF・上下巻(241)
●高い城・文学エッセイ スタニスワフ・レム/沼野充義,巽孝之,芝田文乃,加藤有子,井上暁子訳/2004・12/国書刊行会 スタニスワフ・レム コレクション(252)
●タフの方舟 1禍つ星 ジョージ・R・R・マーティン/酒井昭伸訳/2005・4/ハヤカワ文庫SF(265)
●バースト・ゾーン 爆裂地区 吉村萬壱/2005・5/ハヤカワ文庫JA(267)
●デカルトの密室 瀬名秀明/2005・8/新潮文庫(277)
●宇宙舟歌 R・A・ラファティ/柳下毅一郎訳/2005・10/国書刊行会・未来の文学(288)
●天の声・枯草熱 スタニスワフ・レム/深見弾,吉上昭三,沼野充義訳/2005・10/国書刊行会 スタニスワフ・レム コレクション(293)
●輝く断片 シオドア・スタージョン/大森望編/2005・6/河出文庫(298)
●図書館戦争 有川浩/2006・2/角川文庫(306)
●アイの物語 山本弘/2006・5/角川文庫(326)
●マルドゥック・ヴェロシティ 冲方丁/2006・11/ハヤカワ文庫JA・全3巻(343)
●ひとりっ子 グレッグ・イーガン/山岸真編・訳/2006・12/ハヤカワ文庫SF(354)
●獣の奏者Ⅰ・Ⅱ 上橋菜穂子/2006・11/講談社文庫(357)
●赤朽葉家の伝説 桜庭一樹/2006・12/創元推理文庫(357)
●アナンシの血脈 ニール・ゲイマン/金原瑞人訳/2006・12/角川文庫・上下巻(358)
●沈黙のフライバイ 野尻抱介/2007・2/ハヤカワ文庫JA(366)
●天と地の守り人 上橋菜穂子/2006・12~2007・3/新潮文庫・全3巻(369)
●オリュンポス ダン・シモンズ/酒井昭伸訳/2007・3/ハヤカワ文庫SF・全3巻(370)
●双生児 クリストファー・プリースト/古沢嘉通訳/2007・4/早川書房プラチナ・ファンタジイ(371)
●Self-Reference ENGINE 円城塔/2007・5/ハヤカワ文庫JA(374)
●虐殺器官 伊藤計劃/2007・6/ハヤカワ文庫JA(378)
●輝くもの天より墜ち ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア/浅倉久志訳/2007・7/ハヤカワ文庫SF(386)
●キルン・ピープル デイヴィッド・ブリン/酒井昭伸訳/2007・8/ハヤカワ文庫SF・上下巻(390)
●[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ シオドア・スタージョン/若島正編/2007・11/河出文庫(399)
●新世界より 貴志祐介/2008・1/講談社文庫・上中下巻(412)
●Boy’s Surface 円城塔/2008・1/ハヤカワ文庫JA(413)
●ダンシング・ヴァニティ 筒井康隆/2008・1/新潮文庫(418)
●深海のYrr フランク・シェッツィング/北川和代訳/2008・4/ハヤカワ文庫NV・上中下巻(428)
●ザ・ロード コーマック・マッカーシー/黒原敏行訳/2008・6/ハヤカワepi文庫(435)
●遠すぎた星 老人と宇宙2 ジョン・スコルジー/内田昌之訳/2008・6/ハヤカワ文庫SF(436)
●ライト M・ジョン・ハリスン/小野田和子訳/2008・8/国書刊行会(444)
●神獣聖戦 Perfect Edition 山田正紀/2008・10/徳間文庫・上下巻(450)
●ハーモニー 伊藤計劃/2008・12/ハヤカワ文庫JA(462)
●アメリカン・ゴッズ ニール・ゲイマン/金原瑞人,野沢佳織訳/2009・2/角川書店・上下巻(472)
●モーフィー時計の午前零時 ジーン・ウルフ,フリッツ・ライバー他/若島正編/2009・2/国書刊行会(476)
●1Q84 1・2 村上春樹/2009・5/新潮社(488)
●ペルディード・ストリート・ステーション チャイナ・ミエヴィル/日暮雅通訳/2009・6/早川書房プラチナ・ファンタジイ(492)
●アンブロークン アロー 戦闘妖精・雪風 神林長平/2009・7/ハヤカワ文庫JA(497)
●あなたのための物語 長谷敏司/2009・8/ハヤカワ文庫JA(500)
●粘膜蜥蜴 飴村行/2009・8/角川ホラー文庫(503)
●フロム・ヘル アラン・ムーア,エディ・キャンベル/柳下毅一郎訳/2009・10/みすず書房・上下巻(503)
●増大派に告ぐ 小田雅久仁/2009・11/新潮社(509)
●クォンタム・ファミリーズ 東浩紀/2009・12/新潮社(518)
●跳躍者の時空 フリッツ・ライバー/中村融編/2010・1/河出書房新社・奇想コレクション(527)
●天冥の標Ⅱ 救世群 小川一水/2010・3/ハヤカワ文庫JA(530)
●天冥の標Ⅲ アウレーリア一統 小川一水/2010・7/ハヤカワ文庫JA(551)
●アンランダン チャイナ・ミエヴィル/内田昌之訳/2010・8/河出書房新社・上下巻(553)
●宇宙開発SF傑作選 ワイオミング生まれの宇宙飛行士 中村融編/2010・7/ハヤカワ文庫SF(554)
●逆光 トマス・ピンチョン/木原善彦訳/2010・9/新潮社・上下巻(555)
●《ファージング》3部作 ジョー・ウォルトン/茂木健訳/2010・6/創元推理文庫(556)
●華竜の宮 上田早夕里/2010・10/ハヤカワSFシリーズJコレクション(563)
二〇〇六年度の民間給与実態統計調査によると、年収二百万円以下の給与所得者が二十一年ぶりに一千万人を超えたそうで、格差社会に拍車とかいろいろ言われてますが、まあね、べつに貧乏だったいいじゃん。二十一年前と違って、今は百円ショップや百円コンビニでたいていのものが揃うし、百円マックもある。ハンバーガーも食べられる。ま、ネットカフェ暮らしは大変そうだから、住むとこだけは確保しておいたほうがいいけど……というこの時代にぴったりの小説が、本書『二度はゆけぬ町の地図』。
著者の西村賢太は、〇五年下半期の芥川賞候補になって注目を集めた貧乏文学の星。候補作「どうで死ぬ身の一踊り」を読んだとき、「この人は、純文学界の業田良家になれるかもしれない」『自虐の詩』が好きな人なら絶対ハマる」と言ったんですが(『文学賞メッタ斬り!リターンズ』所収)、その『自虐の詩』は、この秋、中谷美紀・阿部寛主演(堤幸彦監督)で映画化。当然、西村賢太にも時代の追い風が吹いているはずである。
既刊の二冊、『どうで死ぬ身のひと踊り』(講談社)、『暗渠の宿』(新潮社)は、ともに著者の分身とおぼしき藤澤清造おたくの“私”を主人公とする私小説集(通称、藤澤清造シリーズ)。藤澤清造というのは、貧乏暮らしの末に芝公園で凍死した大正期の作家で、あたかもその霊が乗り移ったかのごとき時代錯誤の文体で時代錯誤の無頼派的日常を綴る反時代性が大向こうに受け、西村賢太は一部で絶賛を博すことになった。
三冊目の作品集となる『二度はゆけぬ町の地図』は、中学卒業後に家を飛び出し、一人暮らしを始めてからの日々を回顧する、いわば“青春立志編”にあたる。収録の四編のうち、同人誌初出の留置所小説「春は青い馬車に乗って」を除く三編は〈野性時代〉掲載。
「貧窶の沼」と「潰走」は、私小説じゃなくて、“貫多”という名前の若者を主人公にした三人称小説の体裁をとっているが、『暗渠の宿』表題作の〈十六歳時に最初に独り暮しを始めた際に、結句四箇月滞納した室料の棒引きと相殺みたいなかたちで追い出された記憶のある、鶯谷の三畳間〉とか、既刊の本で読んだネタがこちらにもそのまま出てくるので、ダイレクトにつながっていると思ってよさそうだ。
実際、本書巻末の「腋臭風呂」は、“私”の十八歳の頃の話ではじまったかと思うと、途中でいきなり“それから二十年余りを経た現在”に飛び、そのまま藤澤清造シリーズに雪崩れ込む。プルーストの『失われたときを求めて』のマドレーヌのように、デリヘル嬢の腋臭が回想を誘発する文学装置になるという趣向で、いかにも西村賢太らしい。
青春編の時代背景は、たぶん八〇年代半ば。その日暮らしなので日払いの仕事で暮らす貫多のささやかな夢は、月払いのまともな職に就くことだが、結局きょうも稼いだカネを歌舞伎町の覗き部屋やファッションマッサージで使い果たしてしまう(十七歳なのに)。時代が変わり、年齢が変わっても、主人公の人間的なダメっぷりは全然変わらず、つねに貧乏と風俗がついてまわる。貫多は、“この先の悲惨な末路の自覚に、チリ気立つ恐怖を感じ”て、若さに唯一の救いを見るのだが、人間、なかなか変われるものではない。けだし、三つ子の魂百までと言うべきか。
短編集のタイトルどおり、この本の中心になるのは、バイト先の店主と大喧嘩をするとか、家賃を踏み倒すとか、どうしようもないトラブルを引き起こし、逃げるようにしてその町をあとにするエピソード群。
「暗渠の宿」で、現在の“私”が引っ越し先を探すとき、ここには近寄りたくもないと述懐する町がやたら多いのは、なるほどこういうわけだったかと了解される仕組みである。
読みどころは、主人公の前に立ちはだかる家主や雇い主との対決。「潰走」では、家賃を溜めるだけ溜めた挙げ句、二月上旬の明け方、大家の夫婦に急襲される。
……老家主の方は、本来カリカリに痩せてる体が、むしろ肥満して見えるまでに厚手のものを着込み、手には軍手、顔には風邪用の白マスクなぞをつけ、さらには頭に正ちゃん帽まで被って防寒をしているから、まるで平然たるもの。見るとそのうしろには、何んのつもりで連れてきたのか、これも完全防寒の厚着を重ねた小柄な老妻が、くたびれた茶色のマフラーを、ヘンな、真知子巻きみたいなかたちに頭から顎にかけてぐるぐる巻きつけ、敵を見る目で貫多のことを睨みつけている。
こうした“敵”たちとのせこくて情けない攻防戦が実におもしろい。笑える貧乏話を満載した西村賢太の切実すぎる貧乏文学で、年収二百万円時代をのんびり生き抜きたい。
■ゼロ年代海外SF50(大森望選)
・SFマガジン2011年2月号「大森望の新SF観光局」掲載リストの完全版です。
・対象は、現在までに邦訳されているもののうち、「2000年~2009年に(原書が)刊行された本」(短篇集・アンソロジーに関しては、ゼロ年代に発表された作品を1篇以上含むものから選出)。
・リストは原書刊行年別(同一年度は作者名の五十音順。シリーズ、三部作などの場合は邦訳最新刊の刊行年。日本オリジナル短篇集の場合は、日本での刊行年を基準とする)。
【2000年】
マーク・Z・ダニエレブスキー『紙葉の家』島田洋一訳/ソニー・マガジンズ
ウイル・マッカーシイ『コラプシウム』島田洋一訳/ハヤカワ文庫SF
チャイナ・ミエヴィル『ペルディード・ストリート・ステーション』日暮雅通訳/早川書房
ジェフリー・A・ランディス『火星縦断』小野田和子訳/ハヤカワ文庫SF
【2001年】
ジョナサン・キャロル『木でできた海』市田泉訳/創元推理文庫
コニー・ウィリス『航路』(上下)大森望訳/ヴィレッジブックス
フィリップ・リーヴ『移動都市』安野玲訳/創元SF文庫
ケリー・リンク『スペシャリストの帽子』金子ゆき子・佐田千織訳/ハヤカワ文庫
【2002年】
スティーヴン・キング『回想のビュイック8』白石朗訳/新潮文庫
テッド・チャン『あなたの人生の物語』浅倉久志ほか訳/ハヤカワ文庫SF
M・ジョン・ハリスン『ライト』小野田和子訳/国書刊行会
クリストファー・プリースト『双生児』古沢嘉通訳/早川書房
エリザベス・ムーン『くらやみの速さはどれくらい』小尾芙佐訳/ハヤカワ文庫SF
【2003年】
ウィリアム・ギブスン『パターン・レコグニション』浅倉久志訳/角川書店
ダン・シモンズ『イリアム』(上下)酒井昭伸訳/ハヤカワ文庫SF
チャールズ・ストロス『シンギュラリティ・スカイ』金子浩訳/ハヤカワ文庫SF
ジャスパー・フォード《文学刑事サーズデイ・ネクスト》田村源二訳/ソニー・マガジンズ
デイヴィッド・ブリン『キルン・ピープル』(上下)酒井昭伸訳/ハヤカワ文庫SF
【2004年】
アイリーン・ガン『遺す言葉、その他の短篇』幹遥子訳/早川書房
フランク・シェッツィング『深海のYrr』(上中下)北川和代訳/ハヤカワ文庫NV
ケン・マクラウド『ニュートンズ・ウェイク』嶋田洋一訳/ハヤカワ文庫SF
マーゴ・ラナガン『ブラックジュース』佐田千織訳/河出書房新社
ジョージ・R・R・マーティン《氷と炎の歌》岡部宏之・酒井昭伸訳/早川書房(『七王国の玉座』『王狼たちの戦旗』『剣嵐の大地』『乱鴉の饗宴』)
【2005年】
カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』土屋政雄訳/ハヤカワepi文庫
ロバート・チャールズ・ウィルスン『時間封鎖』(上下)茂木健訳/創元SF文庫
アーサー・C・クラーク&スティーヴン・バクスター『太陽の盾』中村融訳/早川書房
スザンナ・クラーク『ジョナサン・ストレンジとミスター・ノレル』(I・II・III)中村浩美訳/ヴィレッジブックス
ニール・ゲイマン『アナンシの血脈』金原瑞人訳/角川書店
チャールズ・ストロス『アッチェレランド』酒井昭伸訳/早川書房
ジョー・ヒル『20世紀の幽霊たち』白石朗ほか訳/小学館文庫
ジェフ・ライマン『エア』古沢嘉通訳/早川書房
【2006年】
グレッグ・イーガン『ひとりっ子』山岸真編訳/ハヤカワ文庫SF
マイクル・スワンウィック『グリュフォンの卵』小川隆ほか訳/ハヤカワ文庫SF
ナオミ・ノヴィク《テメレア戦記》那波かおり訳/ヴィレッジブックス(『気高き王家の翼』『翡翠の玉座』『黒雲の彼方へ』)
トマス・ピンチョン『逆光』(上下)木原善彦訳/新潮社
マイクル・フリン『異星人の郷』(上下)茂木健訳/創元SF文庫
マックス・ブルックス『WORLD WAR Z』浜野アキオ訳/文藝春秋
ヴィクトル・ペレーヴィン『恐怖の兜』中村唯史訳/角川書店
コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』黒原敏行訳/早川書房
ヴァーナー・ヴィンジ『レインボーズ・エンド』(上下)赤尾秀子訳/創元SF文庫
アレステア・レナルズ《レヴェレーション・スペース》中原尚哉訳/ハヤカワ文庫SF(『啓示空間『カズム・シティ』『火星の長城』『銀河北極』『量子真空』)
【2007年】
マイケル・シェイボン『ユダヤ警官同盟』(上下)黒原敏行訳/新潮文庫
アーシュラ・K・ル・グィン《西のはての年代記》 谷垣暁美訳/河出書房新社(『ギフト』『ヴォイス』『パワー』)
【2008年】
ジョン・スコルジー《老人と宇宙》内田昌之訳/ハヤカワ文庫SF(『老人と宇宙』『遠すぎた星』『最後の星戦』『ソーイの物語』)
ジョー・ウォルトン《ファージング》茂木健訳/創元推理文庫(『英雄たちの朝』『反逆のハムレット』『バッキンガムの光芒』)
フェリクス・J・パルマ『時の地図』(上下)宮崎真紀訳/ハヤカワ文庫NV
イアン・R・マクラウド『夏の涯ての島』浅倉久志訳/早川書房
【2010年】
ナンシー・クレス『アードマン連結体』田中一江訳/ハヤカワ文庫SF
岸本佐知子編『変愛小説集』『変愛小説集2』講談社
《SFマガジン50周年記念アンソロジー》ハヤカワ文庫SF(中村融編『ワイオミング生まれの宇宙飛行士 宇宙開発SF傑作選』大森望編『ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選』山岸真編『スティーヴ・フィーヴァー ポストヒューマンSF傑作選』)
・対象は「2000年~2009年に(原書が)刊行された本」(短篇集・アンソロジーに関しては、ゼロ年代に発表された作品を1篇以上含むものから選出)。
・原書刊行年別にまとめた(同一年度は作者名の五十音順。シリーズ、三部作などの場合は邦訳最新刊の刊行年。日本オリジナル短篇集の場合は、日本での刊行年を基準とする)。
・12/10 23:55 改訂第2版
【2000年】
マーク・Z・ダニエレブスキー『紙葉の家』
ウイル・マッカーシイ『コラプシウム』
チャイナ・ミエヴィル『ペルディード・ストリート・ステーション』
ジェフリー・A・ランディス『火星縦断』
【2001年】
ジョナサン・キャロル『木でできた海』
コニー・ウィリス『航路』
フィリップ・リーヴ『移動都市』
ケリー・リンク『スペシャリストの帽子』
【2002年】
テッド・チャン『あなたの人生の物語』
M・J・ハリスン『ライト』
クリストファー・プリースト『双生児』
E・ムーン『くらやみの速さはどれくらい』
【2003年】
W・ギブスン『パターン・レコグニション』
ダン・シモンズ『イリアム』
C・ストロス『シンギュラリティ・スカイ』
フォード《文学刑事サーズデイ・ネクスト》
デイヴィッド・ブリン『キルン・ピープル』
【2004年】
ガルシア《恐竜探偵ヴィンセント・ルビオ》
アイリーン・ガン『遺す言葉、その他の短篇』
フランク・シェッツィング『深海のYrr』
ケン・マクラウド『ニュートンズ・ウェイク』
マーゴ・ラナガン『ブラックジュース』
ジョージ・R・R・マーティン《氷と炎の歌》
【2005年】
カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』
R・C・ウィルスン『時間封鎖』
A・C・クラーク&バクスター『太陽の盾』
スザンナ・クラーク《ジョナサン・ストレンジとミスター・ノレル》
ニール・ゲイマン『アナンシの血脈』
チャールズ・ストロス『アッチェレランド』
ジョー・ヒル『20世紀の幽霊たち』
ジェフ・ライマン『エア』
K・リンク『マジック・フォー・ビギナーズ』
【2006年】
グレッグ・イーガン『ひとりっ子』
M・スワンウィック『グリュフォンの卵』
ナオミ・ノヴィク《テメレア戦記》
トマス・ピンチョン『逆光』
マイクル・フリン『異星人の郷』
ヴィクトル・ペレーヴィン『恐怖の兜』
C・マッカーシー『ザ・ロード』
V・ヴィンジ『レインボーズ・エンド』
A・レナルズ《レヴェレーション・スペース》
【2007年】
マイケル・シェイボン『ユダヤ警官同盟』
U・K・ル・グィン《西のはての年代記》
【2008年】
ジョン・スコルジー《老人と宇宙》
ジョー・ウォルトン《ファージング》
フェリクス・J・パルマ『時の地図』
イアン・R・マクラウド『夏の涯ての島』
【2010年】
ナンシー・クレス『アードマン連結体』
岸本佐知子編《変愛小説集》全二巻
《SFマガジン50周年記念アンソロジー》全三巻(中村融編『宇宙開発SF傑作選 ワイオミング生まれの宇宙飛行士』大森望編『時間SF傑作選 ここがウィネトカなら、きみはジュディ』山岸真編『ポストヒューマンSF傑作選 スティーヴ・フィーヴァー』)
「むかし、いいともにオザケンが出たとき、タモリがこう言ったの。『俺、長年歌番組やってるけど、いいと思う歌詞は小沢くんだけなんだよね。あれ凄いよね、“左へカーブを曲がると、光る海が見えてくる。僕は思う、この瞬間は続くと、いつまでも”って。俺、人生をあそこまで肯定できないもん』って。あのタモリが言ったんだよ。四半世紀、お昼の生放送の司会を務めて気が狂わない人間が! まともな人ならとっくにノイローゼになっているよ。タモリが狂わないのは、自分にも他人にも何ひとつ期待をしていないから。そんな絶望大王に、『自分にはあそこあで人生を肯定できない』って言わしめたアーティストが他にいる?」
(中略)
「あれはどういう意味だ。“嫌になるほど続く教会通りの坂降りて行く”ってのは」
豆腐屋の健吾が訊ねた。こいつは「豆腐の角に頭をぶつけて死ぬことは可能か」を確かめるため、豆腐屋になったという変わり者だ。
「“教会通りの坂”は神に定められた私たちの人生のこと。それが“嫌になるほど続く”と思っていた歌の中の主人公が、“左へカーブを曲がると、光る海”、つまり産み。生を肯定して、“この瞬間は続くと、いつまでも”って自己回復していくの」
p.46-47より
「フロム・ヘル」トークセッション@ジュンク堂新宿店は満員御礼。客層の主流はディープなアラン・ムーアおたく? SF系の客は3人ぐらい。ミステリ系の客は1人(関係者)。タマフルのヘビーリスナーとか、宇多丸師匠系の客もけっこういた模様。リアクションがいちいち濃すぎる。
あした同窓会があるとかで高知の母親が上京して西新宿に泊まっているため、ホテルの部屋に弟一家とうちの一家が集合してたんだけど、それを中抜けして東口まで往復。途中からトークセッションを聞き、ちょっとだけ打ち上げに参加。宇多丸・吉田豪両氏(キラ☆キラ組)とは初対面ですが、ポッドキャストはしじゅう聴いているのであんまり他人の気がしなかったり。安田理央氏とは夏コミ以来。できあがったばかりの「No1 in HEAVEN」をもらってラッキー。これから見よう。
ホテルに戻ると5歳女児がものすごい勢いで踊ったり歌ったり飛び跳ねたりしていた。最後は電池が切れて号泣。タクシーに放り込んで帰宅。
週刊大極宮第416号「安寿のがまぐち ~ 宮部みゆきのコーナー」より
大森望さんの『狂乱西葛西日記 20世紀remix』を読んでいたら、少なくとも20世紀中の宮部は、今よりは活発だったということが判明しました。ちゃんと「登場人物表」に出てくるし(^^)。
大森さんと宮部は同い歳なので、この日記でカバーされている1995年~2000年というのは、35歳から40歳まででして、フツーなら立派な中年ですが、宮部の体感的には、このころが青春時代だったのです。
いやもう、だからホントに懐かしくて楽しくて、読みふけってしまいました(^o^)♪
ナマケモノの私は日記もつけてないので、同時代に大森さんみたいなマメなヒトがいてくれると助かります。思い出を保存してもらえますからね。
そうそう。。。SF大賞の二次会に、庵野監督が来てくださったんですよね。。。♪
そうそう。。。大森さんも書いてるとおり、このころは寄ると触ると歌ってた♪
そうそう。。。『理由』で直木賞決定の日、宮部はものもらいで目が腫れてた。。。
そうそう。。。コミケに行きました。暑かったけど、私もコスプレしたかった。。。
そうそう。。。このころの京極さんは、平均睡眠時間2~3時間で、インタビューと電話の応対に追われて声がかれちゃって、筆談してたこともあったっけ。。。
何から何まで懐かしいなあ。。。
ほとんど縁側の隠居のような気持ち(^^)。
それにしても大森さんの活動ぶりはすさまじく、それは今でも変わってない感じですから、宮部も老け込んでばかりもいられないのですが、まあ、そこはねえ、個体差で(と、完全にへっぴり腰)。
21世紀編も、ぜひ本にしていただきたいです♪